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2019年03月25日公開 渡邉拓馬インタビュー パート④

渡邉拓馬インタビュー パート④

『水曜バスケ!』名物コーナー「教えて拓馬先生」でおなじみ、元日本代表・渡邉拓馬さんの連載がスタート!
今回は渡邉拓馬さんインタビュー、パート4「渡邉拓馬 社会人から引退、そしてその後」を公開!

──フロント業は何年やりましたか?

2年ですかね。
2016年の6月に引退して、3×3(スリーバイスリー)で復帰したのが2018年の6月だからちょうど2年ですね。

──その間はまったく動いていなかったのですか?

2017年の年末ぐらいに、10月11月ぐらいに3×3(スリーバイスリー)の話が出てちょっとずつこう動き始めたっていう感じです。

──トレーニングをもう一度しようってなった時、どういう気持ちではじめましたか?

現役には戻れないっていう感じだったから。
今の自分にあったやり方みたいな。やっぱ量があっても壊れちゃうと思ったんで。
そこも考えて何があってるかみたいなのを考えながら、プラス次同じようなことをする人に活かせるようなことができればなっていうのはありました。
でも足りないと思いますけどね。

──3×3を始めてバスケの見方が変わりましたか?

5人制でやっている時は、はじまりが父親から言われた一言だったので、やらなきゃっていうのと、使命感みたいなのと、やらされてる感がちょっと15年…30年近くか、ずっとあって。
中学校から高校くらいに、一瞬楽しいって思った時期はあったんですがすごく少なくて。
引退してから、他の日本代表の試合とか海外の試合とか見ていて、海外の選手とかの楽しそうにやる表情っていうのがこう印象的で。
なんでこんな楽しそうにできるのに日本代表は勝たなきゃって顔面蒼白になってやっているんだろうなっていうので。
やっぱりそこを楽しみながら、幼少期にやってこないと。
そういうメンタルの癖っていうか考え方の癖がついちゃうんじゃないかっていうのも思っていたので、3×3をやる時は、勝負はあるけど絶対楽しもうみたいな感じの心構えでやろうって決めていたんで。
そのあたりは変わったというか。
楽しんでやるっていうのは、ちゃらんぽらんにやっているとかじゃなくて、本当にバスケを自分からやろうぜっていうメンタリティというか、それを自分がやることで子供達にも伝わるんじゃないかっていう。
楽しむっていう、楽しそうにやっているっていう。
自分もああやって楽しみながらやりたいみたいな。
そういうところで子供達に貢献することで日本代表の将来が変わるんじゃないかっていう考え方に変わりました。
だから、今問題の部活とか、遊びとか、暴言とか、そういうのじゃなくて、本当に子供とは同じ目線で話してプレーしてみたいな、そういうことも伝えていけたらいいなっていうのは同時にありますね。復帰したときに。

──じゃあ、色んな意味で楽に?目標は東京オリンピック?

そうなんですよ。
オリンピックも本当にシビアにやらなきゃ無理だと思うんですけど。
楽しみながらやらないと僕がチャレンジした意味がないというか。
終わった後に残せるものがないというか、そこですね。
オリンピックってすごくストイックな感じがするけど、そうじゃなくてっていうところもこう伝えていけたらなっていう。
スポーツの根本的な、こう楽しむっていう意味じゃないですか、スポーツって。
だから、そこが伝えられないと復帰した意味もないかなっていうところはありますね。
そこを地域貢献と同時に伝えていくってことがやっぱり復帰した意味でもあるし、自分しかできないこととか自分がやるべきことじゃないかなっていうのは最近思います。

──今どんな活動をしているんですか?

今は、学校訪問とかをして、バスケを知らない子供にバスケに触れてもらうこととか、元々バスケを知っているけど違うバスケを教えたりとか、障害を持った子達と一緒に混ざって、バスケの練習でプレイしてみたり、ボール触ってみたりとか。
そういう活動をしています。
あとはクリニックとか。
本当は自分としてはバスケを知らない人にバスケットボールの楽しさみたいなのを伝えることが一番メインかなっていうのがあります。
あとは今まで喋ったバスケで学んだ自己犠牲のこととか、ありきたりだけど思いやりを持つこととかをバスケットボールを通じて学んで、将来バスケットボールを辞めちゃっても仕事とか家庭とかプライベートとかで、ちょっとした意識の改革で人間関係変わったりとか、生きるためのモチベーションが変わったりとか。
ちょっとした意識の改革で視野が広がって、ちょっと楽しみが増えたりとか、そういうところで活かしてもらえればと思います。
バスケを自分でやって、プロとかじゃなくてクラブチームとかでやって色んなところでやって、出会いがあったりとか色んなコミュニティができたりとか、そういうところにも繋がればいいなっていう思いでやってはいますね。

──何を一番伝えたいと思っていますか?例えば子供達だったりバスケを知らない人にも伝えていることがあったりしますか?

伝えることはやっぱりバスケをやると、一人じゃできないじゃないですか、パスもシュートもドリブルも。
試合もですけど。
バスケもそうですけど、人生も一人でできないじゃないですか。
まずはそのことを知ってもらって、それをバスケに置き換えて。
そのためには何が必要かっていうと、思いやりとか気遣いとかバスケではでてくるし、そういうところをちょっと意識してやるだけで、プレーが変わったり、チームが変わったりするんで。
そこは僕が自己犠牲にするのを覚えた時に感じたことなので、そういうことをバスケを通じて肌で感じれば、バスケから離れても本当に同じだと思うので。
一人じゃ生きていけないっていうのは。
子供達だったら両親にいつも弁当を作ってもらっているとか、どこか連れて行ってもらっているとか、習い事を習わせてもらっているとか、そういうところに繋がるし、友達同士の話でもちょっとこれ言ったら傷つくな、とか相手の立場になって考えることがたぶんできるようになってくると思うんです。
そういうことを上手く伝えていきたいし、伝えることでやっぱりバスケを楽しめると思うので、もっと。
そうすれば表情の話じゃないですけど、楽しんでバスケする人が増えると、自然とバスケのレベルも上がってくるし、応援してくれる人も増えるんじゃないかなっていうところですね。
そういう活動をすることがバスケへの恩返しになるんじゃないかと思いますね。

──人間形成じゃないですがそういうところですよね。バスケを通して。

まあ、言えない事いっぱいありますよ。
トヨタっていう強いチームから移籍して、他のチームの環境、例えば人間性が弱いとき、駄目なときって人のせいにしたりとか、戦術のせいにしたりとか、環境のせいにしたりとか、やっぱそういう人が多くなってくるんで。
そうなるとやっぱりバラバラになるし、勝てないし、愚痴・文句とか増えると気持ちよくないじゃないですか。
そういうのも目の前で見てきたし、そういうこと言った人は自分に返ってきちゃう同じことが。
ことわざにあったのは忘れちゃったんですけど。
いいことすればいいことが返ってくるし、悪いことしたら悪いことが返ってきちゃうっていうのを目の前で全部見てきたので。
良いチーム、悪いチームで。
だからそこで確信したっていうのはありますね。
日ごろのやっぱりバスケだけじゃなくて普段の生活からもう繋がっているんだなっていうのは移籍して気付いたところで。
環境がいいトヨタから試合に出れないから移籍するっていう若手がいたら一声掛けてあげようとか、そういう思いも出てきたりとか。

──経験があるからこそ伝えていかなきゃいけないとかっていう…それはもう現役選手も含め子供達とも?

そうですね。
子供達が最近遊ぶ誘いも断ってやったことを、断る勇気って言葉を作って言ってるんですよ。
断る勇気って覚えておいてほしいって言って、今日も行ってきたんですけど、学校で。
好きなことないが時は色んなものをチャレンジしてやるのはいいけど、もし何か達成したいこととか、好きなことができたら、それに向かって自分は頑張りたいという覚悟があるんだったら、例えば練習とかそういう何かスケジュールがある時に誘いがあっても、いやと断って練習するとか。
あいつ付き合い悪いなみたいな感じで言われるのは嫌だけど、やっぱり自分は目指すことがあるからそっちを優先するっていう断る勇気を覚えておいてほしいっていうのは伝えてはいます。
僕もその言葉っていうのは当時意識していなかったんですけど、高校1〜2年くらいに先輩に結構やんちゃで変な言葉遣いで言ったりとかした時期がありました。
でも、先輩は何も僕に言ってこなくて。
「何であの時あんな生意気な自分に怒ったりしなかったんですか?」
って、10年後くらいに聞いたら、
「いや、19時から22時まで練習しているのをみんな見ていたし、知っていたから、そういうお前に言う気にはなれなかった。一生懸命頑張っている奴だから許せた。」
みたいなことを言ってくれたんです。
だからちゃんとやることやっていれば、見ている人はちゃんと見てくれているから。
そういう勇気を振り絞って断ることも必要だよっていう話は言ってるんですけど。
それも振り返って、そういえばこうだったなって感じで思ってることも多いんですけどね。当時はそんなことも考えず上手くなりたい一心でやっていたので。
子供と接するようになって色んなこと思い出して、あーそういえばこうだったなっていうのは結構あるんです。
スラムダンクの井上雄彦さんに話した時も、あーそういう話聞きたいわ、みたいな感じで。
バスケをしている子供を持つ親としては、そういう節目節目で考えていることとか選択したこととかは聞きたいって言っていたので。

──目標を立てて今までやってきましたか?それとも目の前のことを一生懸命やってきたのですか?

目の前のことですね。
なんとかなるっしょ、今生きれば、みたいな感じの考えでした。
結構楽観的ではあるんですけど。
でも覚悟はあったかなって思いますね。
もうやるっていうかなんだろう、極端に言えばこれやって負けたらバスケ辞めてもいいやみたいな感じのそういう覚悟はあったような。
決めたらもう撤回せずみたいな感じはあったかな。

―曲げないんですね?

そうですね。
でも曲げたのはアメリカ行った後大学の時にトヨタか東芝かみたいな、社員かプロかみたいな。その時くらいですかね。

──でも、それはより高みに行きたかったから、そういうアメリカに短期で行って経験したからこそ…

そうですね。
あとは何かもう出会いも必然だなって。
よいしょよいしょで出会う人とかってそれをメッセージと受け取るっていうか。
たぶんそれもポジティブなのかわからないんですけど、アメリカ行ったのも、いやお前こっちだろみたいなメッセージだと思うし。

──それは誰がアメリカに行こうって言ってくれたんですか?

それは元々行きたいってずっと言っていて。
本当はもっと長期で留学するはずだったんですけど、大学の成績が悪くて留学したままだと2部落ちちゃうからっていうような大人の事情で行けず、2週間になっちゃったみたいな。
まあ全部、福島工業を選んだのも必然だったろうし、出会う人、コーチの出会いとかも必然だったろうし、何か自分に意味があると思ってこう生きているっていうか。
例えば大人になって途中で連絡とかが消えちゃうとか、誘いがきて誘っても駄目だったとかはやっぱり縁がなかったんだなってあるじゃないですか。
それはもうそういう風に思ったりとか。
でもそういう出会いには恵まれていると思いますね。
まず小学校から始まってコーチとか周りの仲間とかはやっぱり毎回感謝ですね。


渡邉拓馬プロフィール:
福島県福島市 出身。
1978年10月07日 生まれ。
 
元バスケットボール日本代表で現在は、
「3×3」(スリーバイスリー)、
プロバスケットボールプレイヤーとしても活躍するなど、
全国でバスケ普及活動を実施中!!
 
instagram : @watanabe12takuma
Twitter : @Takuma_w1007

ライター!拓馬先生。

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