ジャンル別番組一覧

BS12 水曜バスケ!(Bリーグ)メインビジュアルBS12 水曜バスケ!(Bリーグ)メインビジュアル

2019年03月18日公開 渡邉拓馬インタビュー パート③

渡邉拓馬インタビュー パート③

『水曜バスケ!』名物コーナー「教えて拓馬先生」でおなじみ、元日本代表・渡邉拓馬さんの連載がスタート!
今回は渡邉拓馬さんインタビュー、パート3「渡邉拓馬 社会人から引退、そしてその後」を公開!

──感覚的なタイプよりは考えてプレーするタイプ?

感覚もあるんですけど、根っからの天性のものがあるというよりは、コーチの考えとか仲間のポジション取りとかそういうことも結構見ながらやっているタイプであったという感じですかね。

──学生から社会人になって試合会場の雰囲気を意識したことは?

最初は、あんまりファンの人を意識していなかったんですけど、今のBリーグと違ってそんなに観客も多くなかったし。
ファンの人もいましたけど、別に何か変な扱いをするとかではなくて、自分のためにやっている感じでした。
でも移籍とか自分が調子悪いときに、温かいというか、そういうときに限って目につくじゃないですか、自分が落ちている時に。
そういう方々もやっぱりいたりとかして、そういう経験も現役終盤の方はするようになって。
ああ…っていう風に気づいたっていうのはあります。自分が調子悪くても、結構ポジティブな言葉とか掛けてもらったりとか。

──逆に貶す人はいなかった?

貶す人はいなかったですね。あんまり。
まあ、言ってないだけで、中にはいたとは思うんですけど……。
そういうファンの人の温かさとか、後は自分でもそういう人に対してのこう、、なんでしょう、歯向かったりとか喧嘩別れしたり的なこともなかったんで移籍のときは。
自分ができなかったからこうなったんだっていう。
矛先は自分に向けられたのは唯一自分のいいところというか長所だったのかなっていうのがありますね。
人のせいとか戦術のせいとかそういうことはなかったので、そこがトヨタに復帰できた一つの理由ではあるのかなって思います。

──トヨタに復帰するまでは何チーム?

トヨタを入れて3チームですね。トヨタと日立とアースフレンズです。

──復帰して何年続けましたか?

1年です。復帰して1年だけです。
復帰するときに辞めようと思って復帰したので。

──もう1年目で辞めるっていう?

そうです。ただトヨタで引退したいなっていう思いがあったので。

──それは元々プロになったのがトヨタだったっていうことで?

そうですね。トヨタの内容が濃かったので。過ごした12年くらいが。
だからそこで引退したいなっていう思いで。
それを受け取ってくれた当時のスタッフの方々には感謝したいです。
でも本当にもうボールも触りたくないっていうほどの燃え尽き方で辞めたので。

──その1年で?

その1年はもうプレータイムが全然気にならないくらいトヨタに居れるだけでいいっていう感じだったから。
だから、終わったときはもう本当に何もしたくないくらいのモチベーションでした。
周りはみんなできるとか言ってましたけど、そういうモチベーションでやるのが他のやる気がある若手と比べた時に失礼だなと思って、辞めたのが一応理由です。
パフォーマンスもこう昔と比較しちゃうのがあったので、自分の中で。
こんなプレーもできなくなったのかっていう失望感もあったから。
そのあたりも自分自身許せなくて辞めたのもあるんですけど。
まあでも、本当やり切ったっていう感じで引退はしましたね。
トヨタに復帰できたことでも満足だったっていうのはぶっちゃけ言うとですかね。

──引退を決めたときに、支えてきてくれた恩師などに相談しましたか?

一応一言話して、辞めますねって言って。
みんなは「そうか、お疲れさん。」みたいな感じで結構意外にさっぱりしてましたけどね。
また、最後の試合に家族は観に来てくれました。
最後の試合も本当に不思議で、最後に打ったスリーポイントシュートが綺麗に入って。
ああ〜、なんかこうやってきた正しい向き合い方だったのかなっていう一瞬というか。
バスケに対してまじめに生きてきたのかなっていうそのなんかプレゼントじゃないですけど、そんな終わり方だったので、よかったなと思いますね。
その15年間か、現役生活としては。

──選手としてではなく次はフロントに?

そうですね。その時はそれしか。
バスケしかやってきてなかったし、それしかないなっていう思いで。
でも内心フラフラしている感じはありましたけどね、その何をしようかなっていうところでフロントに入って。

──元々もう辞めるっていう前提で1年頑張って、もうフロントに入ることは決まっていたのですか?

そうですね。Bリーグになるって話がでてきて、その準備をしている方々と話をして。
やっぱり人も少ないし、子供達を教える人もいないから、役割的にはそこをちょっと担ってほしいっていう話があって、フロントに入るっていう話は終わる前からありました。

──これまでプロでバスケしかしたことなくてフロント業務って、まあ様々なチームに関わることをしなくちゃいけないと思うけど、すぐに対応できましたか?

いや、全然。
対応も何も、何していいか全然わからなかったし、まず何を自分がしたいのかっていうのがなかったので。
そこがないと何やっても駄目だろうなっていうのは自分の中であったんですよ。
やっぱり現役のモチベーションを知っているから、それに勝るモチベーションじゃないとやっていけないと思ったので。
日々グレーの気持ちでやっていましたね、スッキリしない感じで。

──これでいいのかなっていう?

そうですね。
何をやっているのかなみたいな。
そこで華々しくBリーグも開幕して。
羨ましいっていう気持ちはなかったですけど、やり切ったので。
ただ、開幕戦をトヨタの豊田章男社長と隣で解説しながら観ていて、アルバルクが勝ってその時に、
「今回のBリーグの開幕は君達がコツコツやってきたおかげで開幕することができたからありがとう!」
って言われて、それが心に染みるっていうか。
世界のトヨタの社長からそんな言葉をいただいたから、よかったな、間違ってなかったんだなというか救われたというか、それは結構今でも覚えてますね。

──もっとBリーグのためというかアルバルクのためというか…

そうですね。
アルバルクのためと思いつつも、自分の中では何か昔から日本のバスケを応援してほしいっていう、勝利者インタビュー、取材とかでもアルバルクに限らず日本のバスケ界を応援してほしいってずっと言ってきたので。
そこが根本的に今思えばあって、どこかのチームだけが良くなったって、あまり日本のバスケ界は良くならないから。
本当に日本のバスケ全体を応援してほしいっていう気持ちは今でも変わらないです。
その一部に自分がアルバルクにいるだけでっていうのはありましたね。
フロント業をやっていくにつれて、そのスペシャリストがいて、WEBとか広報とか社長も含めて。
で、その人達の仕事ぶりを見るにつれてこう考えるようになったというか。
何か自分ができること、貢献できることはないかなみたいな感じで結構考え始めて。
そこから3×3(スリーバイスリー)なら何かできるんじゃないかっていうところから現役復帰して。

──その時も自分で決めたのですか?

そうですね。ちょっとうーんと思って、社内の人に相談っていうか「どうですかね?」って言いましたけど、「いいじゃん、いいじゃん」みたいな感じで言われて。
デメリットはなかったので、それもそうで自分で考えて、ちょっとのアドバイスはありましたけど、決めたのは自分です。

──相談する人はいなかったのですか?

相談する人は、奥さんには話します、決めるときには。
他はあまり元々そんな悩みとかも自分で解決する方だったので。
人に言ったって変わってくるわけじゃないから。
だからあまりその愚痴とかも言わないし、そんなに相談ごともしないで、自分でもう噛み砕いて解決するっていうタイプだったので。
大体自分で決めます、家族には言いますけど。

──家族は応援してくれる?やっぱり観たいじゃないですけど…

3×3の時はオリンピック目指すっていうので、生きている中で東京オリンピックなんて滅多にこないし、現役の頃に代表を辞退していることがあったので。
そういうのも含めて今回最後のチャンスだし、「やってみたら?」みたいな感じで言ってくれたのはでかかったです。
それで、やるなら本気でじゃあやろうっていうことで復帰して。
自分がプレーする姿を子供達に見せれば子供達もそれでやっぱり説得力あるし。
で、そこから地域貢献にも繋がるなっていう。


渡邉拓馬プロフィール:
福島県福島市 出身。
1978年10月07日 生まれ。
 
元バスケットボール日本代表で現在は、
「3×3」(スリーバイスリー)、
プロバスケットボールプレイヤーとしても活躍するなど、
全国でバスケ普及活動を実施中!!
 
instagram : @watanabe12takuma
Twitter : @Takuma_w1007

ライター!拓馬先生。

BS12 特選情報

あなたへのおすすめ番組

お知らせ

ページTOP

視聴方法