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Vol.11 「孤独の向こう側」の境地、悟りたいなら井上陽水

「孤独の向こう側」の境地、悟りたいなら井上陽水

BS12 トゥエルビで放送中の『ザ・カセットテープ・ミュージック』で、80年代歌謡曲の優れた論評をくり広げるマキタスポーツ氏とスージー鈴木氏が、同世代のビジネスパーソンに「歌う処方箋」を紹介するこの企画。前回(オヤジたち、孤独の向こうの“新たな世界”に旅立とう参照)、どうせ誰もが孤独なのだから、しっかり引き受けて、新たな世界に挑戦しよう! とエールを送ったマキタ氏に対して、スージー氏は、井上陽水の名曲から得られる“悟りの境地”によって、孤独の向こう側へと誘う。

他人の孤独を知り、己れの孤独を癒す

――スージーさんの「孤独に負けないための歌」は何でしょうか。

スージー鈴木(以下:スージー):私はシンプルなストラテジーで、孤独になったら、もっと孤独な歌を聴いて「自分はまだましや」と慰めようということで、井上陽水さんの曲を紹介したいと思います。

――おぉっ!

スージー:しかも、2曲あります。

一同:おぉ!

スージー:この連載の1回目で「定年退職で傷付いた心を癒せる処方箋」として『傘がない』(歌・作詞・作曲:井上陽水)を紹介しましたが、今回も井上陽水で、曲は『心もよう』(歌・作詞・作曲:井上陽水)です。

マキタスポーツ(以下:マキタ):いいねぇ。

スージー:この歌の一番孤独なパラグラフはここです。

〽 あなたの笑い顔を不思議なことに
今日は覚えていました
19才になったお祝いに
作った歌も忘れたのに

マキタ:うん。

スージー:『心もよう』を聴けば、自分より孤独な人がいるんだなって思えて、十分慰められるんですが、さらに僕が提唱したいのは、その先にある「孤独というものに慣れ親しんでいくと、新たな境地に立てるんじゃないか」ということです。

マキタ:ほぉ。

スージー:その境地の曲とはですね、1973年にリリースされた井上陽水のアルバム『氷の世界』に収録されて、1974年には小椋佳がシングルとしてリリースした『白い一日』(作詞:小椋佳、作曲:井上陽水)です。

マキタ:『白い一日』か。

スージー:ここまでくると、人間は孤独も喜びも何もないんじゃないかっていう(笑)。アラフィフが到達すべき、ある一つの仏教的な境地なんです。

マキタ:あっはっは!

真っ白な掃除機を一日じゅう眺めてみる

スージー:歌詞を読みます。

〽 まっ白な 陶磁器を
ながめては 飽きもせず
かといって 触れもせず
そんなふうに 君のまわりで
僕の一日が 過ぎてゆく

――おぉ。

スージー:目の前に「真っ白な陶磁器」のようなきめ細かくて滑らかな白い肌の女性がいる。若い頃は煩悩があるから、普通は、つい触れちゃうはずなのに、自分は触わりもしないで、飽きもせず眺めているだけっていう……。

――なるほど。

スージー:女性がそばにいるんですよ! なのに、触れず、触らず。

マキタ:うぅん。

スージー:ただ、僕がこれを“悟りの境地”と感じたのは、子どもの頃、この歌詞の「陶磁器」っていうのを「掃除機」に聞き間違えていたからなんです。

一同:(爆笑)

マキタ:白物家電?

スージー:聞き間違えたからこそ、余計に“悟りの境地”に思えたんですよ。

――というと?

スージー:真っ白な掃除機を眺めては飽きもせず……まずね、掃除機を見て飽きないわけですよ。普通、使ってみようと思うじゃないですか。

マキタ:うん。

スージー:なのに、かといって触れもせず、君と掃除機のまわりで、僕の一日が過ぎていく。

マキタ:うん。

スージー:あぁ、真っ白な掃除機か、いいなぁ……こんなふうに一日が過ぎていくと、もう孤独も何もない、解脱の境地。

マキタ:解脱というか、ちょっとボケちゃってるっていうか。

スージー:こんな私にいつかなりたいな、と。

マキタ:部屋、片付けろよ!

一同:(爆笑)

――いつもはマキタさんの突飛な発想についていくのがしんどいのですが、今日はスージーさんのあまりに哲学的過ぎる話に置いていかれそうです。

スージー:つまり、僕はこの曲を通して「孤独を乗り越えて、この境地まで行こうじゃないか!」と言いたいわけです。

マキタ:なるほど。

スージー:『傘がない』みたいに「あなたの笑い顔を今日は覚えていました」なんて、ぐじぐじ言ってんじゃない、と。

――あぁ、あるほど。

スージー:掃除機を一日じゅう眺めてみるような大人になろう。ここを目指せ!っていう話ですね。

――はぁ。

スージー:孤独の向こう側には白い掃除機を見つめる人生があるってことです。

一同
:(爆笑)

第二の人生、ここではないどこかへ行こう!

――今回はマキタさんもスージーさんも、あまりにハイレベルな話になってしまいましたので、最後に、もう少しかみ砕いた感じで、読者にメッセージをお願いします。

スージー:僕が言いたいことをまとめると、アイルランドから旅立って、海を渡って、新天地のイングランドに着くと、そこには白い掃除機がある。

マキタ:あっはっは!

スージー:会社を定年して、第二の人生を迎える世代は、勇気を持って、そこまで行ってみようじゃないか、と。ここではないどこかへ。

マキタ:(しみじみとうなずく)

スージー:定年した後、本当に「人生100年時代」っていうのがあるとすると、60歳で定年してからまだ40年もある。

マキタ:ねぇ。

スージー:長い。

マキタ:そうは言っても、長いですよね。

スージー:その40年は元気でいられるかっていう話もあるじゃないですか。

マキタ:うん。

スージー:じゃあ、やっぱり、イングランドを目指していって、新しい境地に入る。その新たな世界には、真っ白な花が咲き乱れていて……真っ白な掃除機が……。

――(最後の言葉は聞こえなかったふりをして)アラフィフよ、新天地を目指せ、と。

スージー:定年後、私たちは、新たな境地を目指して、もう一回、旅に出るんじゃないですかね。

――若いときのように、もう一度、旅立つのか……。

マキタ:追い打ちをかけるようですけど、死ぬときは独りですよ。

一同:(乾いた笑い)

マキタ:結局、生きているってこと自体が孤独なもんじゃないですかって。

スージー:はい。

マキタ:たとえば、男の場合、精通というか、射精した後の孤独感って、なんとも言えないものがありますよね。

――(不安げに)はぁ……。

マキタ:あれは、“生と死”が隣り合わせた瞬間だからではないかと。“生”の絶頂の果てに、燃え上がるような“死”というか、“孤独”みたいなものがそこにある。

――なるほど!

マキタ:あと、何かに夢中になっている瞬間って、「あ、俺は独りなんだ」って思うことがよくあるんですけど、みなさんはありませんか?

――あります。

スージー:(無言でうなずく)

マキタ:すごく熱中しているときって、すごく「孤独だな」って思うんですよね。小難しい話に聞こえるかもしれませんけど、実はシンプルに考えてみれば、やっぱり、そういう孤独をちゃんと引き受けて、まっとうした方がよくないですかって。

“業”で研究し続けるスージー鈴木の孤独

スージー:今、思い出しましたが、井上陽水の『人生が二度あれば』(作詞・作曲:井上陽水)。あの曲は、一生懸命働いた自分の親父のことを歌っているんですね。

マキタ:(囁くように歌う)

〽 父は今年二月で六十五
顔のシワはふえてゆくばかり
仕事に追われ
このごろやっと ゆとりができた

――2番では、子育てに明け暮れた64歳の年老いた母親についてですよね。

スージー:でも、今のマキタさんの話だと、人生は二度ないです。

マキタ:人生は二度ないですよ。そう考えると、スージーさんが、なぜ誰に頼まれたわけでもないのに、ずぅーっと70年代、80年代ポップスの研究をしてきたのかっていうことが、重要になってくるんです。

――オヤジ世代の「孤独」とスージーさんの研究が関係あるんですか?

マキタ:誰からの発注があったわけではなくて、自分でやってるわけですよ。

スージー:やり続けることだけ。

マキタ:それって「寂しいね」ってからかわれるときがあるかもしれない。だって、誰もついてこられないでしょ?

――1989年にFM東京(現TOKYO FM)の深夜番組「東京ラジカルミステリーナイト」のフリーペーパー「ラジカル文庫」で「スージー鈴木」として音楽評論家デビューを果たされたのは、今から30年前。そのときから、黙々と研究を続けてこられた。

スージー:はい。

マキタ:誰かに認められたい、ほめてもらいたいっていうモチベーションだけで続けられることではなくて、自分の“業(ごう)”だと思ってやり続けているんですよ、たぶんね。

スージー:そう、“業”ですよね。

マキタ:自分の“業”だから、仕方なくやってるんですよ。それって孤独じゃないですか。だけど、「じゃあ、仲良しこよしで、一緒に研究しようねぇ」っていう人は誰もいやしない。そんなところに研究なんてないし、そんなところに“スージー鈴木”の人生なんてないんですよ。

スージー:えぇ。

マキタ:自分で見つけて、自分で勝手に好きになっちゃったものをやり続ける……それって、結果的には孤独ですよ。

スージー:はい。

マキタ:でも、そこには熱中ロードがある。夢中ロードがあるわけじゃないですか。そういう生き方のほうがいい。

スージー:やっと見えてきましたね。

マキタ:だから、誰もが孤独に死んでいく……誰しもが、たった独りで、死へのロードを突き進んでいるんですよ。

「孤独の向こう側」の境地、悟りたいなら井上陽水

スージー鈴木の歌謡曲研究は"業"ゆえに孤独。しかし、何よりも夢中になれる

孤独でもいい、残りの人生を夢中に生きよう!

スージー:1973年に「はっぴいえんど」が解散してから、大瀧詠一はおかゆを食べながら自分のポップスを独りで追い求めて、みんなから奇人変人と言われて、その孤独な熱中ロードの先の1981年に、彼の最大のヒットアルバム『A LONG VACATION』が出たわけですからね。

マキタ:その通り。

スージー:人生は二度ない。だから、アイルランドからイングランドに向かおう。その境地の先に……(小さな声で)白い掃除機が……。

――(聞こえなかったふりをして)二度目のまだまだ続く人生で、孤独を引き受ける覚悟が必要ということですね。

マキタ:その覚悟は自分で決めるもんでしょ? 誰かが決めてくれるもんじゃなくて、早く自分で「孤独なんだ」「死に向かっていく道なんだ」って思って、残りの人生を夢中に生きられたほうがいいじゃないですか。それは、10代であろうが、50代であろうが、変わらないと思いますよ。

――では、最後に、読者に一言ずつお願いします。

スージー:私は孤独を受け入れて、研究を続けようと思います。

マキタ:うん。

スージー:いま51歳ですが、65歳を目標にして、ポップスのすべての転調を網羅したい。

マキタ:あはははは!

スージー:転調研究の論文、いわば『転調大全』みたいなものを書こうと思っています。

マキタ:ポップス評論界の“司馬遷”みたいな!

スージー:メジャーコードだけでも12種類、それがマイナーまで含めて組み合わせでやっていくと、もう天文学的な数になる。それを全部網羅したい。

――それは、すごいですね。

スージー:孤独な道で、誰も助けてくれないけれど、そういう気概で。

マキタ:僕は相変わらずですけど、熱中できるものとか、好きなものとかがあって、孤独に生きてますから、あなたもそうしてみては?

スージー:早めに孤独に慣れた方がいいですね。

マキタ:誰かと仲良しこよしなんて、アラフィフの生き方は、そんなんじゃないですよ。

――ありがとうございました。

「孤独の向こう側」の境地、悟りたいなら井上陽水

早く自分で「孤独なんだ」「死に向かっていく道なんだ」って思って、残りの人生を夢中に生きられたほうがいいじゃないですか

(構成/佐保 圭)
日経トレンディ2018/10/20掲載

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