
日経トレンディ2018/7/12掲載
40代、50代のビジネスパーソンにとって、かつて夢中になった80年代を中心とする歌謡曲は、癒やしを与えてくれる心の拠り所。そっと口ずさむだけで勇気が湧き、大事なものに気付かせてくれる深遠なメッセージが隠されている。この連載では、BS12 トゥエルビで放送中の『ザ・カセットテープ・ミュージック』で80年代歌謡曲の優れた論評をくり広げるマキタスポーツ氏とスージー鈴木氏に、厳しい世の中をしたたかに生き抜くための「歌う処方箋」について語ってもらう。
――今回のお題は「役職定年」ということで、前半戦はスージーさんご推薦の河島英五さんが歌う『時代おくれ』(作詞:阿久悠、作曲:森田公一)で大いに盛り上がりました。引き続き後半戦突入とまいりましょう。では、マキタさんはどんな歌を挙げられますか。
マキタスポーツ(以下、マキタ):これね、事前に打ち合わせしてないんですけど、僕も阿久悠の詞の曲を選んでましてね。
――ほぉ。
マキタ:でも、スージーさんとは、選んだ理由が全然違います。しかも、年代的にも80年代とかじゃないですよ。
――なんという曲でしょうか。
マキタ:『ざんげの値打ちもない』(歌:北原ミレイ、作詞:阿久悠、作曲:村井邦彦)です。
スージー鈴木(以下、スージー):おぉ! いいですねぇ。ごく初期の作品ですね。
マキタ:ほんとにごく初期だと思います。阿久悠の仕事としてはね。
スージー:歌うのは北原ミレイですね。
マキタ:そう、北原ミレイで。
スージー:〽 あれは二月の 寒い夜
マキタ:五七調で、超マイナーで、暗い、暗い歌詞ですよ。
――なぜ、役職定年を迎える方々に贈る曲として、ここまで暗い歌を選ばれたんですか。
マキタ:要するに「自分より下がいる」っていう。
スージー:なるほど、こんなに不幸な人がいるんだよっていう。
マキタ:今はとても辛いと思っていらっしゃるかもしれないけれど、悲劇のヒーローのような心境になって、必要以上に落ち込んでしまっているとすれば、それは甘いんじゃないか、と。
スージー:はい。
マキタ:北原ミレイの『ざんげの値打ちもない』っていうのは、十代の頃から身を捧げてた男の裏切りに合って、刺し違えるというか、刃傷沙汰になっているようなことを想起させる歌詞じゃないですか。
――そうですね。十四で抱かれて、十五で安い指輪をもらって、十九で捨てられて、ナイフを持って、憎い男を待っていた……歌詞から読み取れるあらすじだけでも、めちゃくちゃ暗い。
暗黒の曲で自分がリア充であることを思い出そう
マキタ:でも、今の時代から見ると、ファンタジーなんですよ。
スージー:はい、ファンタジーですよね。
マキタ:そんなことだって、70年代の時代の雰囲気のなかではリアルだったんじゃないですか、当時はね。
スージー:そうでしょうね。
マキタ:長年、会社員として勤め上げて、郊外かもしれないけれどマイホームを持っているかもしれないし、家庭もあるじゃないですか。
スージー:つまり“リア充”だと。
マキタ:そう、はたから見れば、羨ましいほどリア充なのに、なんか自分の人生は悲劇だったかもしれないなんて、甘っちょろいこと言ってんじゃねぇぞ、と。昔はもっとすごく暗いことや、不幸なこともあったんだよっていうこと。人間って、悲しいとき、自分の境遇よりもっと悲惨なものを見ると、安心するじゃないですか。
――します、します。
マキタ:安心するっていうか、かつてこんなにも暗い時代があったんだって、自分の視点を変えれば、それほど孤独を感じずに済むっていうか。昔、こんなにいい曲を聞き流していたのであれば、時間の余裕ができるんだから、そういう曲とかを聴き直してみればいいんじゃないでしょうか。
スージー:背負うものが少なくなったぶん、音楽を聴けるじゃないですか、と。
マキタ:音楽を聴けばいいじゃん。
スージー:しかも、真っ黒なやつを。
マキタ:そう、ド暗いやつを。
スージー:『ざんげの値打ちもない』は、暗黒ですね。阿久悠の歌詞の中でも、最暗黒じゃないですかね、あれは。
――では、そういう“真っ暗な曲”が定年退職で傷付いた心を癒やせる処方箋となるのであれば、ほかにはどんな“暗黒の処方箋”があるのでしょうか。
マキタ:曲調は違うけど、『ぼくたちの失敗』(歌・作詞・作曲:森田童子)とか、いいんじゃないですか。
スージー:いいですね。
――この曲がヒットしたのは76年ですが、93年に野島伸司さん脚本のテレビドラマ『高校教師』(TBS)の主題歌として耳にした方も多いのではないでしょうか。そういう意味では、40代初めから50代終わりの全世代が知っている代表的な「暗い曲」とも言えますね。
スージー:あとは、井上陽水の『傘がない』(歌・作詞・作曲:井上陽水)。
――井上陽水さんが作詞・作曲して歌った名曲ですが、都会で自殺する若者が増えてるとか、テレビで日本の将来の問題を深刻にしゃべっているとか、ものすごく陰気な内容の歌詞なのに、好きな人、多いですね。
スージー:メジャーキーですけれど、ユーミンの『ひこうき雲』(歌・作詞・作曲:荒井由実)とか。
マキタ:いいですね。で、マイナー調の曲からメジャーの曲に変えて明るい曲調だけれど、『ひこうき雲』の詞の死生観みたいなものとかって実はすごい。
スージー:はい、死生観ですね。
――宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』の主題歌に採用されたので記憶に新しいですが、歌詞をちゃんと読むと、若くして死んだ子について書かれていたんですね。
マキタ:あの“文面の香り”とかを、たっぷり時間をかけて聴き直してごらんよって思いますけど。
スージー:それはありますね。役職定年で仕事が楽になったり、定年退職して仕事をしなくなる時期とかあったとするじゃないですか。
マキタ:うん。
スージー:そんなときこそ、家にあるレコードをもういっぺん、ちゃんと聴くのがいいんじゃないですか。
マキタ:そう、そう。
スージー:持ってるけど聴いてない音楽ってあるじゃないですか。
マキタ:ある、ある。
スージー:いざ聴いても面白いかどうか、分かりませんけどね。でも「ロック名盤100選」とかね。イチから聴くんですよ。
マキタ:ジャズミュージシャンの菊地成孔さんが言ってたんですけど、英語が分かるようになれば、今、家の棚にある英語の歌詞の歌が全然聞こえ方が違ってくるって。
スージー:ほぉ。
マキタ:今は情報がいっぱいありすぎる。新しい情報を入れるよりも、別の角度を付けるのもいい。50代の方だったら、洋楽が全盛の時代を経験しているから、英語を手習いで始めれば、あの時代に聴いてた音楽が全く違って聞こえるかもしれないですね。
役職定年で時間ができる。「そんなときこそ、家にあるレコードをもういっぺん、ちゃんと聴くのがいいんじゃないですか」(マキタ)
――では、「役職定年」というテーマで洋楽のお薦め曲にはどんなものがありますか。
スージー:ピンク・フロイドの『原子心母』。原題は『Atom Heart Mother』。
――レコードのA面が23分を超えるインストルメンタル1曲で終わるプログレッシブ・ロックの名盤ですね。
スージー:そうですね。さっきの話でいうと、時間があるとイチから聴けます。たとえば、ピンク・フロイドの曲を全部聴くと。
マキタ:時間はたっぷりある。勉強、し放題だし。
スージー:ピンク・フロイドをボーカルがシド・バレットだった最初期の作品から聴く(笑)。それができるのが、役職定年の役得ですよ。
マキタ:キング・クリムゾンとかも。
スージー:阿久悠もイチから聴く。67年のザ・モップス『朝まで待てない』(作詞:阿久悠、作曲:村井邦彦)から河島英五『時代おくれ』(作詞:阿久悠、作曲:森田公一)まで。いいじゃないですか。
――マキタさんの洋楽の1曲は?
マキタ:キング・クリムゾンの『21st Century Schizoid Man』。
スージー:ジャケットもいいですね。
マキタ:ピンク・フロイドやキング・クリムゾンって、今の時点からみればファンタジーですよ。プログレの長大な曲って、逆になんか笑っちゃうもん。
スージー:音楽的には、ストリングスとかふんだんに時間と金をかけて。だから、やっぱり“リア充”じゃないですか。今のデスクトップだけで作るのとは、全然違う。
マキタ:そうそう。全然違う。
――マキタさんの結論としては、暗い曲を聴いて、自分の境遇より悲惨な世界に浸って、自分がリア充であることを思い出せれば、役職定年になっても元気が出てくるっていうことでしょうか。
マキタ:落ち込んでるときに「明るく行こうよ」って言われるの、キツくないですか?
スージー:確かにそうですね。
マキタ:“無理やり励ましソング”とかって、僕はそういう寄り添われ方されるの、大嫌いですけどね。
――では、役職定年に立ち向かわれている読者のみなさんに、最後に一言、お願いします。
マキタ:青春時代に聴いた暗い曲をもう一度聴き直して、落ち込むだけ落ち込んでください。
スージー:「時代おくれ」でいいじゃないですか。
――ありがとうございました。
(構成/佐保 圭)
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