ザ・カセットテープ・ミュージック

スージー鈴木のボーナス・トラック

2018年08月03日放送

第21回「1989年、大学4年生のスージーくんのBGM」


■岡村靖幸「だいすき」

  • アルバム『靖幸』
  • 1989年7月11日
  • 作詞:岡村靖幸
  • 作曲:岡村靖幸
  • 編曲:岡村靖幸

1989年、岡村靖幸のアルバム『靖幸』を初めて聴いたときの衝撃は決して忘れられない。そして、あれから約30年、あれ以上の衝撃を浴びることなく、50歳を超えてしまった。

岡村靖幸の衝撃は多方面からやってきた。矢沢永吉→桑田佳祐→佐野元春の流れをくむ、「日本語の歪め方」の最終型としての歌い方や、身体全体で表現される圧倒的なリズム感、作詞・作曲・編曲・演奏・歌を、すべて軽々と自分でこなしてしまう全知全能感――。

私はこの前年にCDプレーヤーを買っている。だからこの時期は、CDの音がまだ新鮮に響いていた頃だ。ピンク色のCDから、やたらとキラキラ、でもやけに生々しい音が、スピーカーから溢れ出てくる。

1989年は大学4年生で、この年の夏は、就職活動のために、猛暑の都心をいそいそと歩き回っていた夏である。ほんの少しだけ音楽家になろうともしていた私が、そういう思いをかなぐり捨てて、慣れないスーツを着て頭を下げることに踏み出した理由の1つは、ピンク色のCDから流れる、誰にも真似の出来ない圧倒的な音楽を聴いてしまったことだ――そんなこと、当時は誰にも言えなかったが。




■森高千里「しりたがり」

  • アルバム『非実力派宣言』
  • 1989年7月25日
  • 作詞:森高千里
  • 作曲:森高千里
  • 編曲:カルロス菅野、前嶋康明

「森高千里=ミニスカ・美脚」という等式は、「1989年の森高千里」が起こした大革命の、ごくごく表面の部分をすくっているに過ぎない。

声を荒げて主張したいのは、森高千里による「作詞革命」である。当時「森高千里は、平成の青島幸男である」と言われることもあった。まさに森高は、青島のように、これまで決して歌詞にされることがなかった内容や世界を、歌詞の側へと強引にねじ込んだのである。

「ねぇねぇねぇっ!」「なになになにっ!」「はやくはやくはやくっ!」「教えて教えて教えてっ!」――「♪ああしりたがり~」

文字に起こすとシュールなことこの上ないが、この曲の歌詞は、「しりたがり」の女性が、事情通(?)に対して、噂(?)を聞きたがるときのかけ声(?)だけで埋め尽くされた歌詞なのである。

ナンセンスと言えばナンセンスだが、私はこのような、全くの口語体・会話調の作詞に、日本文学で言う「言文一致運動」と同じスピリットを感じるのだ。そしてそれは、大げさに言えば「人間のエモーションと歌詞の完全融合化」である。

少なくとも「翼広げすぎ・瞳閉じすぎ・君の名を呼びすぎ・会いたくて会えなさすぎ・桜舞いすぎ......」などの定型句で埋め尽くされている歌詞よりも、「ねぇねぇねぇっ!」「なになになにっ!」の方が、よっぽとクリエイティブだと思う。




 >今回の放送内容はこちら 


  • facebook
  • twitter