ザ・カセットテープ・ミュージック

スージー鈴木のボーナス・トラック

2018年03月09日放送

第12回「1986年春、スージー鈴木のラジカセ・ミュージック!」


番組ではマキタスポーツ氏が、ご自身の春の思い出に絡んだ曲を紹介していたので、ここでは私の個人的な思い出で2曲、選ばせていただく。


■少年隊『デカメロン伝説』

  • 1986年3月24日発売
  • 作詞:秋元康
  • 作曲:筒美京平
  • 編曲:新川博

人生の中で最も思い入れのある春は、1986年、大学入学のために、大阪から上京したときの春である。こちらに来て当初、下宿にテレビが無かったので、その年の春に聴いていた曲は、私にとって、大阪から持参したラジカセで聴いていた「ザ・ラジカセ・ミュージック」となる。

ナショナル製の、比較的大きなラジカセのスピーカーから流れてきたのが、この曲のイントロである。「♪ドレ・ミラ・ーミ・レド・ラシ・ドミ・ード・ラソ」――衝撃の「階名歌い込みイントロ」。

一般に少年隊と言えば『仮面舞踏会』となるが、私にとっては、このイントロの強い印象のせいか、『デカメロン伝説』の方に軍配を上げる。

この曲の作詞家は秋元康。「1986年の秋元康」は向かうところ敵なし。彼のペンから発する軽薄短小な気分が、日本全国を覆っていく時期である。

通学時に車窓から見える、軽薄なパステルカラーに輝く原宿竹下通りを見つめながら私は、人生の中で最も萎縮する季節を迎えていた。


■河合その子『青いスタスィオン』

  • 1986年3月21日発売
  • 作詞:秋元康
  • 作曲:後藤次利
  • 編曲:後藤次利

タイトルの「スタスィオン」からして、秋元康一流のあざとさが埋め込まれている。フランス語で「駅」のことだという(厳密には間違いという説も。この曲のWikipedia参照)。作曲は、後に河合その子と結婚する後藤次利。

おニャン子クラブの「A面」が、陽性イメージの国生さゆりや新田恵利だったとかれば、陰性の河合その子は「B面」である。ただ、陰のほうから人気に火がつくのは、アイドル界ではよくある話で、河合その子は、おニャン子初のソロデビューを果たすこととなる。

おニャン子が出ていた「夕やけニャンニャン」をラジカセの音だけで聴いていて、さすがにこれでは埒が明かないと思い、近所の電気屋で、シャープ製の、室内アンテナ付きテレビを買うことにした。黒くて小さい10型テレビ。チャンネル調整して、いちばん初めに映ったのが「デーモン小暮の格好をした笑福亭笑瓶」。どうでもいいことだが、忘れられない。

この年の3月いっぱいで、河合その子はおニャン子を脱退するも、人気は持続し、この曲は34.1万枚のヒット。ただしこれは、河合の全シングルの中での最高の売上枚数であり、その後、緩やかに下降、後藤次利の手の中に降り立つこととなる。

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