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出演者ラインナップ


「GUITAR STORIES」最終回に登場するのは、スーパーギタリスト野村義男。
小学5年の時お姉さんにフォークギターを持たされ、無理矢理コードを覚えさせられたのがギターを始めたきっかけ。その後、中学時代に好きだった女の子がCHARのファンで、そこで初めてエレキギターの存在を知ったと言う。
ドラマ「3年B組金八先生」の生徒役で出演し、LED ZEPPELINの「天国の階段」をフルコーラスで弾いたなどのエピソードを紹介。
1983年に「THE GOOD-BYE」でデビューし、その後セッション活動や、
浜崎あゆみのバックバンドなどで活動。2004・2005年にはアメリカでライブツアーを行い、そこでスタンディング・オベーションを初めて経験するなど貴重なエピソードを語る。
またギターコレクターとしても有名で、改造したギターや貴重なギターコレクションも紹介。最後はJIMI HENDRIXの「LITTLE WING」を弾き語りする。


野村義男

野村義男:
1964年生まれ、東京都出身。
ギタリスト、音楽プロデューサー。


野村義男 編


今回は「ウエストロード・ブルースバンド」「ソー・バッド・レビュー」のギタリストで現在アメリカ・ニューオーリンズを拠点に活躍する山岸潤史が登場。
子供の頃、近所のお兄さんが持っていたエレキギターを見て一目惚れしてギターを始める。
ビートルズやベンチャーズなどをコピーし、その後大きな影響を受けたのはブルース。ポール・バターフィールド・ブルース・バンドやシュギー・オーティスでブルースに目覚め、B.B.キング、バディ・ガイなどの魅力を、ギターを弾きながらたっぷり解説する。ブルースの古典ナンバー、フレディ・キングの「HIDE AWAY」を生徒達とセッション。19歳の時に参加した関西を代表するブルースバンド「ウエストロード・ブルースバンド」や、石田長生とのツインギターを擁したソウルバンド「ソー・バッド・レビュー」結成の経緯について、また憧れのB.B.キングと一緒に演奏したエピソードを熱く語る。
1995年にアメリカ・ニューオーリンズに活動の拠点を移し、その独自のギターサウンドやプレイについて紹介。更にファンクのギターカッティング、ピッキングでのニュアンスの付け方、指で弾くプレイなどを生徒達に詳しく教えてくれた。
最後は「PLEASE SEND ME SOMEONE TO LOVE」を情感たっぷりに演奏。


山岸潤史

山岸潤史:
1953年生まれ、三重県出身。
「ウエストロード・ブルースバンド」「ソー・バッド・レビュー」のギタリスト。


山岸潤史 編


今回は日本初のフュージョンバンド「プリズム」の超技巧派ギタリスト、和田アキラが登場。
小学生の頃、姉の影響でグループサウンズを好きになり、最初はドラムを始めてジミ・ヘンドリックスの「FIRE」を帽子の箱を叩いてやっていた。
その後もバンドでドラムをやっていたが、ギターの人はイントロぐらいしか弾けなかったので、自分で弾いてみると、意外に簡単に弾けたのがギターを始めるきっかけに。
当時グランド・ファンク・レイルロードやレッド・ツェッペリンの来日公演に行き大きな影響を受け、彼らの曲をコピーしまくったという。
16歳でスタジオミュージシャンの松木恒秀に弟子入り。電力会社のCMで一緒にギターを弾いたなどボーヤ時代のエピソードを語る。
その後、ギター中心の音楽・バンドに興味を持っていた時、ジェフ・ベック「BLOW BY BLOW」やサンタナ「哀愁のヨーロッパ」などのギターインストが登場し、自身のバンド構想に影響を受ける。
「プリズム」の結成では、アマチュア時代の「カシオペア」にいたドラムの鈴木徹や森園勝敏が「四人囃子」脱退後に加入などのエピソードを紹介。ファーストアルバムは8000枚が発売1時間で品切れになるほど大きな注目を集め、和田はギターヒーローとしてグレコのCMにも出演(その貴重な映像も紹介)。
その他、エリック・クラプトン来日公演のオープニングアクトでの裏話や、セッション活動として杏里の大ヒット「CAT'S EYE」や高橋幸宏のアルバムでギターを弾いたエピソードを語る。
最後はプリズムの最新アルバムから「PALACE IN THE SKY」を演奏。


和田アキラ

和田アキラ:
1956年生まれ、東京都出身。
「プリズム」のギタリスト。


和田アキラ 編


今回は、アコースティックギターの名手、吉川忠英が登場。まずは生徒達とポリスの「見つめていたい」を演奏。
元々の音楽への興味は三橋三智也で、歌うことが大好きな少年だったという。キングストントリオやPPMなどフォークソングに夢中になり、父親が外科医で自分も医者になるつもりだったが、毎日ギターばかり弾いていたので、医大への進学はあきらめたという。
大学生の時「THE NEW FRONTIERS」に加入し、卒業後は就職するが米軍キャンプで演奏すると初任給が約3万円の時代に、一晩で7万2000円稼げるようになり、会社を辞めてプロとなる。
1971年に渡米し「EAST」と改名して全米デビューするまでのエピソードを語る。 アメリカではジェームス・テイラーと知り合い、彼の音楽やギターに大きな影響を受けたと「FIRE AND RAIN」や「SWEET BABY JAMES」を弾き語り。
帰国後、石川鷹彦のスタジオでデモテープを作り、74年にソロデビュー。石川さんのレコーディングを手伝ううちに、スタジオミュージシャンとしての仕事が入り始め、松任谷正隆に呼ばれてギターを弾いたのがイルカの「なごり雪」。
その他、荒井由実「やさしさに包まれたなら」、山本コウタローとウイークエンド「岬めぐり」、中島みゆき「わかれうた」など、自身のギタープレイを解説しながらたっぷりと演奏。更に「ギターは小さなオーケストラである」と、ギター1本で様々なインストゥルメンタルを披露。「第三の男」や「美しく青きドナウ」、オープン・チューニングで「ニューシネマパラダイス」を組曲で演奏してくれる。 最後に、モンゴルの伝統的歌唱法ホーミーを交えた「草原の音」で素晴らしい歌と演奏を披露。


吉川忠英

吉川忠英:
1947年生まれ、東京都出身。
アコースティックギターの名手。


吉川忠英 編


今回は「BOW WOW」やソロなどでも活躍する山本恭司が登場。
ギターを始めるきっかけは中3の時に見た映画「ウッドストック」。テン・イヤーズ・アフターのアルヴィン・リーの速弾きに衝撃を受け姉が習っていたマンドリンで「LOVE LIKE A MAN」のリフを何ヶ月間も練習。
俳優の佐野史郎は、高校の同級生で、彼からレッド・ツェッペリンを始め 色々な音楽やギターのコードも教えて貰ったエピソードを紹介。
高校卒業後、音楽の専門学校に入学し、その学校にオーディションの誘いが来て合格したバンドが「BOW WOW」。他のメンバーは腕がまだ未熟だったため、山本が鬼教官となって「地獄の合宿」を敢行したという。
1stアルバムのレコーディングでは「HEART'S ON FIRE」で突然ボーカルに指名され、それから歌とギターを担当するようになった。エアロスミスやキッスのオープニングアクトを務めるなど、デビュー当時から注目を集め、82年イギリスのレディングフェスティバルでは、5万人もの観客が最後はスタンディングオベーションになったという最高の思い出を語る。 84年にキーボードとボーカルが加入し「VOW WOW」としてイギリスを拠点に活動。自らレコード会社に売り込むなどの苦労を乗り越え、大きな成功を勝ち取った。「良いギターを弾くためには、良い生き方をすること。その人の生き方が音に出る」と語る。
最後はソロアルバムから「RIVER OF TIME」を演奏。


山本恭司

山本恭司:
1956年生まれ、島根県出身。
「BOW WOW」やソロなどで活躍。


山本恭司 編


今回は「ソー・バッド・レビュー」や、CHARとのデュオ「BAHO」などで知られる石田長生が登場。
まずはニューオーリンズの伝統的フォークソング「アイコ・アイコ」を生徒達と全員で演奏。
最初にギターがカッコいいと思ったのは小林旭さんの映画「ギターを持った渡り鳥」で、その後はやはりビートルズ。 映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」の演奏シーンを見た時に「俺、大きくなったら絶対こんなことやろう」と思ったという。
バンドでジミ・ヘンドリックスなどをやるようになった後、テン・イヤーズ・アフターのアルヴィン・リーの速弾きに衝撃を受け、「これはジャズだ」と思い込み、ジャズギターの教室に通うようになる。その後、来日したジム・ホールやB・Bキングなどを生で見て「歌うようなギターが弾きたい」と思うようになったという。
次に影響を受けたのは映画「ソウル・トゥ・ソウル」で見たウィルソン・ピケット。そこからソウル・ミュージックに目覚めていき、メンフィス行きを決める。23歳の時に単身メンフィスへ行くが、着いた日に夜の街で危険な目に遭ったり、憧れのハイ・レコードのスタジオに出入りできるようになるエピソードを語る。帰国後、大阪で山岸潤史、砂川正和、北京一らと「ソー・バッド・レビュー」を結成。
最後は16年前、阪神淡路大震災の時に作った歌「ブラザーズ・アンド・シスターズ」を情感込めて歌う。


石田長生

石田長生:
1952年生まれ、大阪府出身。
ソー・バッド・レビュー。


石田長生 編


Hi-STANDARD、現在はソロで活躍する横山健が登場。 まずはグリーン・デイの「バスケット・ケース」を生徒達と全員で演奏。
ギターを始めたきっかけは中学生の時、ギターそのものに興味を持ち、吉祥寺の楽器屋に通ってカタログばかり持って帰る日々を送っていた。ある日、兄がエレキギターを借りてきて、1週間だけ貸してやると言われ、教則本を買って独学で練習。当時、レインボーの「シンス・ユー・ビーン・ゴーン」ばかり弾いていて、母親も覚えてしまったと言うエピソードも(この曲は後にHi-STANDARDでもカバー)。 高校時代はメタルバンドに入り、ブルーハーツに憧れ、オリジナル曲を作り始める。
その後、バンドブームが終わってクラブ全盛になった頃に「Hi-STANDARD」を結成。 「ファーストアルバムは1万枚売れたらいいねなどと言っていたら、すごいことになった」など振り返る。
ギターのスタイルは、テクニックではなく横山健という人間が出ていることが一番大事だと語る。ギター紹介コーナーでは、ESPの横山健モデル「助六」を8本紹介。 最後にソロアルバムに収録されている「Longing(A Quiet Time)」を弾き語りで力いっぱい熱唱。


横山健

横山健:
1969年生まれ、東京都出身。
Hi-STANDARD、現在はソロ活動。


横山健 編


今回は、ゴダイゴのギタリスト浅野孝已が登場。
まずはサンタナの「哀愁のヨーロッパ」を自らが原曲そのままに演奏し、後半は生徒たちも加わってのセッション。
中学1年からエレキギター教室に通うが、1年コースを始めて3ヶ月で先生から「教えることはない」と言われ卒業。その後GSバンド「ザ・テンプターズ」の弟バンド「ジュニア・テンプターズ」を結成するなどのエピソードを披露。 16歳の時にバンド「THE M」を結成し、ブルースギターの弾けるギタリストとして内田裕也や寺内タケシなどに注目された話から、アイドルバンド「チャコとヘルス・エンジェル」を経て、「ゴダイゴ」結成までの裏話などを語る。 CMソングなどを3~4年やったが売れず、「これで売れなければやめよう」と話していたテレビドラマ「西遊記」のテーマ曲「ガンダーラ」「モンキー・マジック」が大ヒットして一躍スターダムにのし上がる。その「モンキー・マジック」、「ガンダーラ」を全員で演奏。
愛用のギター紹介コーナーでは、自らが開発に関わったギターをテレビで使うと翌日注文が殺到した話や、名器「ローランドJC120」というアンプや「オーバードライブ」というエフェクターまで開発したエピソードを語る。
最後は「OVER THE RAINBOW」を情感たっぷりに演奏。


浅野孝已

浅野孝已:
1951年生まれ、東京都出身。
ゴダイゴのギタリスト。


浅野孝已


今回は、ムーンライダーズの白井良明が登場。
まずは、小学校5年生の時にすでに弾けたというザ・ヴェンチャーズの「キャラバン」をみんなでジャム。
基礎もやらなければとクラシックギターも始め、高校生の頃には難曲「アルハンブラの思い出」も弾けるようになり、林間学校などで披露すると、女子達に大いにもてたという。
立教大学の在学時には、「はちみつぱい」なども在籍した学内のクラブに参加し、斉藤哲夫、山田パンダなどのバックを務めるようになる。
大学卒業後、ムーンライダーズに加入するいきさつなどを語り、自分でも好きなムーンライダーズの曲の一つ「Sweet Bitter Candy」を情感たっぷりに弾き語り。 プログレッシブ・ロックにも魅かれたという話からキング・クリムゾンの「21st Century Schizoid Man Including Mirrors」のソロ部分を完全コピーで。
その後、プロデューサー業にも乗り出し、沢田研二のアルバム「ミスキャスト」などでの編曲、また映画「二十世紀少年」の音楽など、プレイヤーとしてだけでなく多方面に活躍してきた歴史を語る。
愛用のギター紹介のコーナーでは、自作の「ギタギドラ」での演奏も。
エンディングではバレエ音楽の名曲「ボレロ」を華麗に演奏してくれた。


白井良明

白井良明:
1954年生まれ、東京都出身。
ムーンライダーズ。プレイヤーとしてだけでなく、プロデューサー業など多方面で活躍。


白井良明


元憂歌団の内田勘太郎が登場。
まずはミディアムテンポのブルースを、全員でジャムセッション。
子供の頃、「シャポン玉ホリデー」のエンディングテーマ「スターダスト」のギターに興味を持ち、次はベンチャーズを始めたが、ギターのうまい友人がもっぱらリードをとり、自分はサイドギターをやらされたりしていた話を。
その後、ビートルズの音楽に夢中になり、音楽雑誌などを見ていると、ブルースギタリストの3大「キング」を知るが、その頃は「すごい兄弟がいるもんだ」と思っていたという。
土曜の午後に放送していた「ザ・ビート」という番組に出演しているフレディ・キングを見たのが、ブルースに触れた最初で、そこからB・B・キング初来日のコンサートを見に行き、気がついたらステージの上に上がっていたという。
ボトルネック奏法は全く独学で、エルモア・ジェームスのレコードを聴きながらオープンチューニングを自分で発見した話は興味深い。
さらにブルースにのめり込み、同級生の木村充揮と「憂歌団」を結成。
デビューまでの経緯とデビュー曲にまつわる様々な裏話を披露し、バンド名の由来なども語ってくれた。
最後はオリジナルの「トオン ダウン」を弾き語りで熱唱。


内田勘太郎

内田勘太郎:
1954年生まれ、大阪府出身。
元憂歌団。


内田勘太郎


元ザ・スパイダースの井上堯之が登場。
まずは生徒達とザ・スパイダースの名曲「バン・バン・バン」をセッション。
元々、ザ・スパイダースへ加入した時はボーカル担当だったが、途中でギタリストが喧嘩して辞めたため急遽リードギターを担当することになったという仰天エピソードを披露。
ザ・スパイダースの解散後、沢田研二、萩原健一という当時のスーパースター二人をボーカルにたてたPYG(ピッグ)に参加。
ここでは「花・太陽・雨」の有名なギターソロを披露。その後、井上バンドが音楽を担当したドラマ「太陽にほえろ!」のテーマをみんなで演奏。
更に、井上バンドがバックを務めた沢田研二さんのヒット「危険なふたり」は、実は井上さんがギターではなくジャズギタリストの松木恒秀さんだったというエピソードも。沢田さんといえば井上バンドというイメージが強いので、だれもが誤解していると語る。
2009年に一時引退表明をして医療施設などでボランティアを行い、その際に童謡や唱歌を歌いはじめるが、そこにも長年培われたジャズなどのエッセンスがちりばめられていると、実際に弾き語りを披露。
最後は、ドラマ「傷だらけの天使」の最終回で使われ、B'zの松本孝弘もカバーした名曲「一人~I Stand Alone」を情感たっぷりに歌い上げる。


井上堯之

井上堯之:
1941年、兵庫県生まれ。
元ザ・スパイダース。ミュージシャン、ギタリスト。


井上 堯之


今回は、舞台、コンサート、テレビなどで活躍中のROLLYが登場。
いきなり全員でのロックンロールセッションで盛り上がる。
子供の頃キッスの来日公演をテレビで見てロックに目覚め、エレキギターを購入。アンプがないので直接ステレオに突っ込んでフルボリュームにしたら歪んでいい感じになったという体験談を語る。
高校生で「猟奇納骨堂」というバンドを結成。学校に認められるために老人ホームの慰安ライブなどをやった経験も。
高校卒業後、演劇とロックを合体したパフォーマンスを売りにした「すかんち」を結成するが、全く客が入らず、「大阪中の全部のバンドがデビューできても、すかんちだけは無理だ」と言われたほど。
ところが、最後に自主製作で作ったアルバムが注目を浴びレコード会社から声がかかりメジャーデビューすることになったエピソードを披露。
生徒たちと「コード占い」などで遊んだ後は、「ギタリストは顔が命」を実践したり、みんなで「音楽で絵を描く」という試みも。
最後はオリジナルの「ROLLY READY」をパワフルに演奏。


ROLLY

ROLLY:
1963年、京都府生まれ。
「すかんち」のボーカル&ギター。


ROLLY


今回は、伝説のグループ・サウンズ「ザ・ゴールデン・カップス」のギタリスト、エディ藩が登場。
まずはこの曲を聞いて人生が変わったというエルヴィス・プレスリーの「ミステリー・トレイン」を独演。
彼が生まれ育ったのは横浜の中華街。そこにはアメリカ兵も大勢いて彼らの聞いていた音楽から大きく影響を受けた。中学3年の頃に学園祭でバンドを組んで演奏したのが人前での初めての演奏。
ブルースは、はじめあまり好きではなかったが、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドのギタリスト、マイク・ブルームフィールドにショックを受け、そこからブルースの道を歩みはじめる。
19歳の時に単身渡米。その時にヤードバーズをディズニーランドで見て、ジェフ・ベックのファズサウンドに感銘を受けた。
帰国して、ザ・ゴールデン・カップスを結成。他のグループサウンズが次々ヒット曲を出してブレイクしていく中、カップスは鳴かず飛ばず。
これで売れなかったらアウトという3枚目のシングル「長い髪の少女」が大ヒット。その後、オリエント・エクスプレスを結成。
最後は自作のブルースナンバー「LONELY NIGHT LONELY BLUES」を情感たっぷりに弾き語る。


エディ藩

エディ藩:
1947年、神奈川県生まれ。
グループ・サウンズ「ザ・ゴールデン・カップス」のギタリスト。


エディ藩


日本を代表するフュージョンバンド、カシオペアのリーダー&ギタリスト。そして現在、新バンド『ISSEI NORO INSPIRITS』で活動中の野呂一生が登場。
ロックに目覚めたのは、後楽園球場の土砂降りの雨の中で見たグランド・ファンク・レイルロード。
その後、エレキギターを購入し、ひたすらハードロックをコピーしまくった話を披露。
中でも熱心にコピーしたレッド・ツェッペリンの「貴方を愛し続けて Since I've Been Loving You」をオリジナルそのままに演奏。
次に出会ったのがジョー・パス。そこから独学でジャズを学び、作曲も積極的に始める。 作曲のやり方は、最初にある程度作ってから散歩などしているうちにひらめくという。
カシオペア結成の後は、ヤマハ主催のバンド・コンテストで2年連続ベストギタリストに選ばれたりと、プロの道を歩むことになる。
最後は、5月に発売予定のニューアルバム「BEAUTY」から新曲の「Wind's Color」を披露してくれた。


野呂一生

野呂一生:
1957年、東京都生まれ。
日本を代表するフュージョンバンド、カシオペアのリーダー&ギタリスト。


野呂一生


今回は、渡辺香津美編のパート2をお届け。
スタジオの「生徒たち」とジェフ・ベックの「Freeway Jam」を一緒にセッションした後は、デビュー以降の話に。
天才少年と噂された渡辺が、プロとして初めてギャラを受け取ったのは、新宿のピットインでのライブ。
すぐにレコード会社からデビューアルバムのオファーがあり、ビビりながらの録音では最後にスタジオで泣いてしまったというエピソードも。
その後、坂本龍一とスーパーバンド「KYLIN(キリン)」を結成。また、尊敬する細野晴臣に誘われてイエロー・マジック・オーケストラのワールドツアーにも参加。さらにはリー・リトナーやマイク・マイニエリなどとの共演など、活動は世界規模に拡大していく。
名曲「Unicorn」が、どのようにできたかを具体的にプレイしながら解説。
多重録音でリアルタイムに音を積み重ねての演奏はめったに見られない感動もの。最後は、デビュー40周年を記念した音楽・動画コンテンツ『USB40』から、収録曲「Mo'Bop 」をたっぷりと弾いてくれる。


渡辺香津美

渡辺香津美:
1953年、東京都渋谷生まれ。
名実ともに日本が世界に誇るトップ・ジャズ・ギタリストとして活躍し続け、広く音楽文化に貢献する。


渡辺香津美編


今回は、「SHOGUN」で一世を風靡した芳野藤丸が登場。
まずはCreamの「Crossroads」を「生徒たち」と一緒にセッション。
実は、芳野がギターを始めたのは大学生になってから。高校卒業後アメリカに憧れ渡米し、さまざまな音楽に触れたが当時はギターは弾けなかったという。その後帰国し大学に入学してから入った音楽サークルで、ジャンケンで負けたためにギターを担当することになったという意外なギターとの出会いを語る。
その後ディスコなどでアルバイトをするうちにつのだ☆ひろに誘われて「スペースバンド」に加入、さらに西城秀樹のバックバンドから「SHOGUN」で大ヒットを飛ばすまでのエピソードなども。
やはりギターはボーカルを支えるものでありたいと語る芳野。最後にソロアルバムから「Missing You」を熱演。


芳野藤丸

芳野藤丸:
1952年4月21日、北海道函館市生まれ。
現在はSHOGUN、AB'Sとしての活動のほか、数多くのアーチスト&アイドルの作曲・編曲・プロデュースを行う。


芳野藤丸編


今回は、「四人囃子」で日本のプログレッシブロックシーンに大きな衝撃を与えた森園勝敏が登場。
まずは最初に影響を受けたヴェンチャーズの「Bulldog」を生徒たちと一緒にセッションして盛り上がる。
学校の同級生だったドラムの岡井大二、音楽雑誌のメンバー募集で知りあったベースの中村真一とバンドを結成。 グループサウンズのモップスやダイナマイツなどにショックを受け、坂下秀実を加えて「四人囃子」を結成するまでのエピソードを披露。
「一触即発」はピンク・フロイドの曲からのインスピレーションとよく言われるが、実はAllman Brothers Bandの「Whipping Post」のイントロだったなど、曲作りの秘密も明かされる。
最後はメロウな「LADY VIOLETTA」を情感たっぷりに演奏する。


森園勝敏

森園勝敏:
1954年2月18日、東京都中野区生まれ。
1971年に"四人囃子"としてデビュー。その後脱退し、現在は様々なフィールドで活動を展開している。


森園勝敏編


今回は、ジャズからYMOまでオールジャンルで活躍を続けるスーパーギタリスト、渡辺香津美が登場。
子供の頃最初に影響を受けたヴェンチャーズの「Pipeline」を「生徒たち」と共にセッションする。
渋谷の駅前に生まれ育った彼が最初にギターを持ったきっかけは、加山雄三と寺内タケシ。また、学校の先輩だったモト冬樹が目の前でギターを弾くのを見て、さらにギターに興味を持ったと語る。
その後、彼が早弾きを得意とするのを見たギターの先生がジャズを勧め、ジャズギターの世界に。
特に影響を受けたウェス・モンゴメリーの音の秘密を、ギターを弾きながら詳しく解説。最後は「生徒たち」との大セッションになり盛り上がる。


渡辺香津美

渡辺香津美:
1953年、東京都渋谷生まれ。
名実ともに日本が世界に誇るトップ・ジャズ・ギタリストとして活躍し続け、広く音楽文化に貢献する。


渡辺香津美編


今回は、シーナ&ロケッツの鮎川誠が登場。
すぐに「まずは一曲やってみようぜ!」とThe Rolling Stonesの「Satisfaction」を弾き始め、子供の頃の話から上京するまでを語る。
影響を受けたギタリストは数多く、エリック・クラプトンからジミ・ヘンドリックス、さらにさかのぼって、その原点とも言える一人「サンハウス」から、自分のバンドの名前をつけたエピソードなども披露。
今も愛用しているギブソン・レスポールは博多時代に友だちが持っていたものを譲り受け、一度はもう壊れて弾けなくなりそうになったが、奇跡的に復活したという鮎川のギターに対する情熱が感じられる逸話も。
最後はシーナを呼び込んで往年のヒット曲「レモン・ティー」を演奏、多いに盛り上がる。


鮎川誠 編

鮎川誠:
1948年、福岡県久留米市生まれ。
シーナ&ロケッツのバンマス/ギタリストとして、78年に「涙のハイウェイ」でデビュー。
ライブアクトを中心に活動中。


鮎川誠


今回は、元「MEGADETH(メガデス)」のマーティ・フリードマンが登場。
イングヴェイ・マルムスティーン、ポール・ギルバート、トニー・マカパインらと共に、速弾きブームをリードしてきたギタリストの一人。
今回は9人の「生徒たち」の前に登場し、まずはCreamの「Sunshine of Your Love」をみんなで弾き、その後ギターを持ったきっかけになったKISSの話から
バンドを結成するまでの話などをする。
ハワイに移ってからは「演歌」に影響を受け、それをギターにどう取り入れていくかを実際に演奏しながら説明。
さらにそこから他のギタリストは違う「メロディの大切さ」に目覚めていき、
今の自分があるという話など、ギターソロへのこだわりを語る。
また「生徒たち」を3パートにわけての高度なテクニックの競演なども。
最後は新曲「BAD D.N.A.」をたっぷりと演奏し、華麗なギターテクニックを
堪能させてくれる。


マーティ・フリードマン 編

マーティ・フリードマン:
アメリカ・ワシントンDC出身。 1990年にMEGADETHに加入。
後にメガバンドへと導き、世界中に 熱狂的なファンを持つギタリストとなる。


マーティー・フリードマン

出演者都合により、予定ラインアップに一部変更がございましたことをご了承ください。


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